ジョセフ・オツオリ



ジョセフ・モガンビ・オツオリ(Joseph Mugambi Otwori 1969年1月20日生)
 [ケニア・陸上選手]


 ケニアの高校を卒業した直後の1987年秋に来日、山梨学院大学附属高校を経て、翌年山梨学院大学に入学し陸上競技部に所属。1989年の第65回箱根駅伝で2区のランナーに起用され、1年生ながら7人抜きの走りを見せた。彼が箱根駅伝史上初めての留学生として箱根路にその名を刻むことになったが、各大学のエースが揃う花の2区で、並みいるエースをあっさりと抜き去っていく異次元の走りは当時話題となった。そして同区で3年連続区間賞を獲得、4年生の時には左ひざじん帯損傷に侵されていたが区間2位で走り、同大学初の総合優勝に貢献した。

 大学卒業後はトヨタ自動車に進んだものの、度重なる故障に悩み、30歳の時に一旦ケニアに帰国。母国で陸上競技の指導者を務めていた。その後、2003年に再来日し、翌年には新潟県新潟市の重川材木店に入社。大工として働きながら、同社陸上競技部の選手兼コーチとして活動。2006年、同社を全日本実業団対抗駅伝大会の本選初出場へと導いた。

 しかし2006年8月30日、一時帰国中のケニアで自動車を運転中、対向車線を走っていたバスと正面衝突する事故に遭い、37歳の若さで急逝した。

 駅伝に外国人選手を起用することについては今でも賛否両論が絶えないが、現にオツオリの出場に際しても議論の対象になった。しかし主催者である関東学連は「当連盟に所属している山梨学院大学のオツオリ選手の出場を認めない理由がない」とし、ダグラス・ワキウリらと同様に在日外国人選手の黎明期を支えた選手だった。

 2006年8月30日死去(享年37)





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